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5月連休にヒゲオヤジのふるさとである広島県の呉に帰りました。
その折に兄から画像の入ったCDをもらったのですが、その中に昭和45年頃(1970年)に撮影した呉線を走るSL(蒸気機関車)の写真がありました。 一部は兄の指導で撮影したことを覚えていますが、その他は私が撮影したのか、 はたまた兄が撮影したかは覚えていません。 いずれにせよ、モノクロ写真のせいか、最近のこぎれいなSLと違って、 煤にまみれた当時のSLのリアルさが懐かしく思い出されます。 それにしても、当時の沿線住民や乗客はたいへんでした。 ちなみに、ヒゲオヤジはSLはキライではないのですが、詳しくはありませんので、説明不足や間違いがあっても、あしからず。 1.C59 画面が四角いのは当時使っていたカメラがミノルタの二眼レフ(レンズが2つあり、上から覗きこむタイプのカメラで、6×6判というフィルムサイズ)で撮影しているからです。 ![]() 2.急行「あき」("安芸"の意)号を牽引するC59 夜行急行"音戸"なども走っており、高校の頃は夜中に呉を出て、早朝に大阪や京都に到着。 昼間に観光をしたり、美術展を見て、夕方にはまた夜行急行で呉に帰るようなことをしていました。 夜行ですが、向かい合わせ型の座席でした。 東京の大学を受験するときも、まだ山陽新幹線がなく、大阪まで急行で行き、大阪で新幹線に乗り継いで上京しました。 ![]() 3.踏み切りを通過するSL SLの前にディーゼル車が連結されています。 この踏み切りは呉駅近くにあり、有人でした。 ![]() 4.呉駅の構内で出発準備をするSL この写真は真っ暗に近い操車場で、シャッターを開放状態にして、あちこちでフラッシュ(ストロボではなくプリントゴッコで使っているような"タマ"です)をたいて撮影しました。 これは兄のアイデアと指導で撮影しました。ヒゲオヤジはいわば撮影助手です。 それにしても、素人を夜の構内に立ち入らせてくれて、こんな写真を撮らせてくれるたのですから、当時のJRは大らかでした。 ![]() 5.同じやり方で撮影したSL ![]() 6.その2 ![]() 7.貨物列車を牽引するSL ![]() 8. ![]() 9.働く機関車って感じですよね ![]() 10.近所迷惑ですが、煙が迫力を出しています ![]() 11.貨物列車 貨物車両は貨車を連結し直すためか、駅の構内で行ったり来たりします。その間、駅の端にある踏み切りは閉まったままになります。 ![]() 12. ![]() 13.これは35mmフィルムで撮影したものです そろそろカラー写真が当たり前になってきた頃です。 ![]() 14. ![]() 15.これで、おしまいです ![]() それでは、また。
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